2013年01月25日

『顕真』「宿善と聴聞と善のすすめ」の誤り16

『観無量寿経』を読んだことがない高森会長と講師部員は、創作の王舎城の悲劇しか知りません。『顕真』平成23年4月号の「宿善と聴聞と善のすすめ」は、その創作王舎城の悲劇を長々と書き連ねているだけの、本当に中身のない文章でした。紹介するまでもないので、『顕真』からの引用は省略します。

正しく勉強したい方のために、原文に従って『観無量寿経』を簡単に解説しておきます。

韋提希が牢の中で、釈尊に懇願した内容は以下の通りです。

ときに韋提希、幽閉せられをはりて愁憂憔悴す。はるかに耆闍崛山に向かひて、仏のために礼をなしてこの言をなさく、「如来世尊、むかしのとき、つねに阿難を遣はし、来らしめてわれを慰問したまひき。われいま愁憂す。世尊は威重にして、見たてまつることを得るに由なし。願はくは目連と尊者阿難を遣はして、われとあひ見えしめたまへ」

(現代語訳)

こうして閉じこめられた韋提希は、悲しみと憂いにやつれはて、遠く耆闍崛山の方に向かい、釈尊に礼拝して申しあげた。
「世尊、あなたは以前から、いつも阿難尊者を遣わしてわたしをいたわってくださいましたが、わたしは今深く憂いに沈んでおります。世尊をここにお迎えするなどということは、あまりにも恐れ多いことでありますから、どうか目連尊者と阿難尊者をお遣わしになって、わたしに会わせてください」

釈尊に来て頂きたいと韋提希は言っていませんでしたが、釈尊は韋提希の元に行かれました。そこで韋提希が釈尊に言ったことは、

「世尊、われむかし、なんの罪ありてかこの悪子を生ずる。世尊また、なんらの因縁ましましてか、提婆達多とともに眷属たる。
やや、願はくは世尊、わがために広く憂悩なき処を説きたまへ。われまさに往生すべし。閻浮提の濁悪の世をば楽はざるなり。この濁悪の処は地獄・餓鬼・畜生盈満し、不善の聚多し。願はくは、われ未来に悪の声を聞かじ、悪人を見じ。いま世尊に向かひて五体を地に投げて哀れみを求めて懺悔す。やや、願はくは仏日、われに教へて清浄業処を観ぜしめたまへ」

(現代語訳)

「世尊、わたしはこれまで何の罪があって、このような悪い子を生んだのでしょうか。世尊もどういった因縁があって、あのような提婆達多と親族でいらしゃるのでしょうか。どうか世尊、わたしのために憂いも悩みもない世界をお教えください。わたしはそのような世界に生れたいと思います。この濁りきった悪い世界にはもういたいとは思いません。この世界は地獄や餓鬼や畜生のものが満ちあふれ、善くないものたちが多すぎます。わたしはもう二度とこんな悪人の言葉を聞いたり、その姿を見たりしたくありません。今世尊の前に、このように身を投げ出して礼拝し、哀れみを求めて懺悔いたします。どうか世の光でいらっしゃる世尊、このわたしに清らかな世界をお見せください」

です。
韋提希は「憂悩なき処」へ「われまさに往生すべし」と往生を願ったのです。それで、釈尊が阿弥陀仏と諸仏方の浄土を見せられて、

仏、韋提希に告げたまはく、「なんぢはこれ凡夫なり。心想羸劣にして、いまだ天眼を得ざれば、遠く観ることあたはず。諸仏如来に異の方便ましまして、なんぢをして見ることを得しむ」と。
ときに韋提希、仏にまうしてまうさく、「世尊、わがごときは、いま仏力をもつてのゆゑにかの国土を見る。もし仏滅後のもろもろの衆生等、濁悪不善にして五苦に逼められん。いかんしてか、まさに阿弥陀仏の極楽世界を見たてまつるべき」と。

(現代語訳)

釈尊は韋提希に仰せになった。
「そなたは愚かな人間で、力が劣っており、まだ天眼通を得ていないから、はるか遠くを見とおすことができない。しかし仏には特別な手だてがあって、そなたにも極楽世界を見させることができるのである」

そのとき韋提希が釈尊に申しあげた。
「世尊、わたしは今、仏のお力によってその世界を見ることができます。でも、世尊が世を去られた後の世の人々は、さまざまな悪い行いをして善い行いをすることがなく、多く苦しみに責められることでしょう。そういう人たちは、いったいどうすれば阿弥陀仏の極楽世界を見ることができるでしょうか」

と、韋提希が、自分は釈尊のお力で浄土を見ることができたけれども、仏滅後の衆生はどうすれば極楽浄土を見ることができるのですか、と釈尊に請うて説かれたのが、定善です。定善は、『定善義』

業縁に随ひて転じ、定想波を逐ひて飛ぶ。たとひ千年の寿を尽せども、法眼いまだかつて開けず。

(現代語訳)

身口意業が所縁の境にしたがって移り禅定の想も波のように動いて、たとい千年の命をかけても智慧の眼は開けない。

とありますように、極めて難しい行です。しかし、誰もできないということではありません。善導大師、懐感禅師、法照禅師は、定善ができた方と言われています。このことは

雑毒の善ができる下品下生???

でも述べました。
釈尊は定善を説かれている途中で、韋提希のために定善とは別に除苦悩法を説かれます。

仏、阿難および韋提希に告げたまはく、「あきらかに聴け、あきらかに聴け、よくこれを思念せよ。仏、まさになんぢがために苦悩を除く法を分別し解説すべし。なんぢら憶持して、広く大衆のために分別し解説すべし」と。
この語を説きたまふとき、無量寿仏、空中に住立したまふ。観世音・大勢至、この二大士は左右に侍立せり。光明は熾盛にしてつぶさに見るべからず。百千の閻浮檀金色も比とすることを得ず。

(現代語訳)

釈尊はさらに阿難と韋提希に仰せになった。
「そなたたちは、わたしのいうことをよく聞いて、深く思いをめぐらすがよい。わたしは今そなたたちのために、苦悩を除く教えを説き示そう。そなたたちはしっかりと心にとどめ、多くの人々のために説きひろめるがよい」
釈尊のこのお言葉とともに、無量寿仏が突然空中に姿を現してお立ちになり、その左右には観世音、大勢至の二菩薩がつきそっておられた。その光明はまばゆく輝いて、はっきりと見ることができない。黄金の輝きをどれほど集めても、そのまばゆさにくらべようもなかった。

ちなみに釈尊は姿を消されたとはありません。
韋提希の獲信後も、釈尊は定善の説明を続けられていますから、韋提希に定善をさせるために説かれたのではないことが判ります。

定善は、極々一部の人しかできない行ですので、定善のできない人に対して釈尊は続いて散善三福を説かれます。
なお、三福の行福に布施の行が含まれますが、

三輪不浄の布施?の結末

でも述べたように、三輪清浄でなければ布施にはなりませんので、散善三福も易しい行ではありません。
それで散善三福もできない人に対して、念仏を説かれたのです。

つまり、往生の行として定善、散善、念仏という3つを機に応じて説かれたのが、『観無量寿経』です。
定善ができる人は定善をして往生を願いなさい、散善ができる人は散善をして往生を願いなさい、定善も散善もできない人は念仏によって往生を願いなさい、と教えられているのです。
これは『観無量寿経』を読んだことのある人であれば、同じ解釈になり、聖道門でも浄土門でも共通です。

さて、『観無量寿経』の結論として

仏、阿難に告げたまはく、「なんぢ、よくこの語を持て。この語を持てといふは、すなはちこれ無量寿仏の名を持てとなり」と。

(現代語訳)

釈尊は阿難に仰せになった。
「そなたはこのことをしっかりと心にとどめるがよい。このことを心にとどめよというのは、すなわち無量寿仏の名を心にとどめよということである」

と念仏1つを勧められたと教えられたのが善導大師です。
従って定善・散善のできない悪凡夫には、最初から最後まで念仏1つしか勧められていないのです。それが『往生要集』

『観経』に、「極重の悪人は、他の方便なし。ただ仏を称念して、極楽に生ずることを得」と。

です。

定善の内容を聞いて、定善は自分にはできると思った人は定善をするでしょう。
散善の内容を聞いて、散善ならば自分にはできると思った人は散善をするでしょう。
しかし定善・散善の内容を聞いて、自分にはとてもできないと思った人は、定善・散善ができると自惚れている訳もなく、往生するには念仏しかないのです。

こんな当たり前の理屈が理解できず、定善・散善ができないのにできると自惚れている極悪人が、全人類であると寝恍けたことを言っているのが高森会長です。

『観無量寿経』も読んだことがなく、仏教学の基礎である布施の意味さえも知らずに、あんな出鱈目な話を自信一杯お説き下さる方は、確かに”唯一無二”でしょう。

posted by 鴻 at 04:57| Comment(0) | 教義 | 更新情報をチェックする
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